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今の日本にはないものがアジアの発展途上国には存在する。

そもそもこの‘‘発展途上国”という言い方が適切かどうか最近疑問に思うこともある。

経済やテクノロジー、国内総生産や国民所得の水準で途上国、先進国を分けているとすれば、その言葉の使い方は正しいのかもしれない。

 

しかし、人々のホスピタリティーや人々が感じる幸福満足度、子供たちの笑顔の多さや、家族、地域、近所付き合いの繋がりの強さで考えれば、今の日本はまだまだ後進国かもしれない。

日本が学ぶことが東南アジアには多く存在する。

今回はフィリピンののセブ島にある家へ帰宅?という感じで渡航しました。

2013年にセブのマクタン島でダイビングインストラクターとして仕事を始め、そこで多くの人たちと繋がり、フィリピンという国が自分の中で近い存在となりました。

それから一度フィリピンを出て、ハワイや台湾での生活を経て2014年に再びセブに戻り仕事をさせて頂き、また多くの出会いと経験を得ることができました。

ひょんなことから、小さな村にある一軒家を現地の親しい方と共同で買うことに至り、少しづつ内装や家具、生活用品を揃え、昨年の春に完成し、それ以来度々その家に帰っているという次第です。

自分がいない時は部屋が余っているので、親戚の若い子に使ってもらったり、子供たちの遊び場?として使っています(笑)

家があるのはmatumboという小さなバランガイにある。バランガイとはフィリピンの都市と町を構成する最小の地方自治単位のことで、村、地区のことを指します(フィリピンには合計41,995のバランガイがある。)

小さな村ではあるがそこに住む親類や近所の人たちの絆や交流は深い。

そこには常に子供たちが集まって遊んでいて、親戚の子供はもちろん、近所の子供だろうが自由に家に出入りできる環境。玄関のピンポンなんてそんなもの存在しない。子供たちは勝手に開けて勝手にソファに座ってる感じ(笑)

もちろん大人たちは勝手には入ってこないけど家の外から大きい声で名前を呼んで壁越しに会話してコミュニケーションが成り立つ。各家庭に水道があるわけではなく、どっかの家からホースを伸ばして、桶に水を溜め、生活用水にしている。

氷を作る冷凍庫がない家もたくさんあるし、洗濯機がない家もたくさんある。

今時みんな手洗いだ。

生まれた時から洗濯機で洗濯している大人たちを見てきた自分としてはないことが不便だと感じた。

でもそこに住む人たちは洗濯機の存在はもちろん知っているが、子供の頃から親が手洗いしてきた姿を見てきているし、それが当たり前だから、不便だとか、自分の家庭が他と恵まれていないなんて感じないのだろう。

シャワーだってひねれば、水圧の強い温かいシャワーが出てくる家庭に育った自分たちは、それがないことが不便で、不幸だと感じてしまう。

でも彼らはそうやって育ってきたし、もちろんシャワーだってお金出せば設置できるけど、桶から水くんで体を洗うことに何の違和感もない。

ないことが不便、不幸と感じるのは生まれた時からすべてが揃っていた国に生まれた我々だけだ。

最初にすべてが備わってしまった状態からスタートした我々は海外では常に不便や不利を感じざる負えないだろう。

生活の便利さや人間の物欲は金で解決できるが、それが豊かさとは結びつかないということが分かった。

 

親交の深いmatumboの人たちと生活を共にすることで豊かさとは何かということが自分の中で良い感じで解決することができた。

今回の渡航でこの感覚を学べたことは自分にとって本当に良かった。

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特に子供たちから学んだことが多かったかな。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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